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沼田女子高校生殺人事件 1

1974(昭和49)年5月18日、群馬県沼田市の女子高生Yさん(16)が、朝家を出たあと帰らず、翌日遺体となって発見された。

細い刃物で胸を一突きにされており、遺体には乱暴された形跡があった。

群馬県警と沼田署が捜査を行ったが、事件は未解決のまま1989(平成元)年に公訴時効を迎えた。

以上が事件の概略だが、以下に時系列をおって事件の詳細を記す。

 

Yさんが行方不明になった5月18日は土曜日で、インターハイの日だった。そのため、Yさんの通う群馬県立沼田女子高等学校では、通常の授業を行わず映画鑑賞を行った。

この朝Yさんは、学校帰りに床屋に行くと言って母親から千円をもらっていた。また布団を干し、土曜日で授業が早く終わるから帰ってきたら自分で取り込むと家族に伝えていた。

Yさんは昼食のおにぎりなどを入れたジーンズ素材の手提げバッグを持って家を出た。

 

Yさんの住むI町内の地区は、「沼田市といっても、山のくぼ地にポツンと取り残されたよう」「陸の孤島」(上毛新聞1974年5月21日11面)と表現されるような、山間の小さな地区。

市内でもかなりのどかな場所だったようだ。

 

Yさんは毎朝、約2キロの細い山道(旧道)を20分歩き、国道に出て「分校下」バス停から東武バスに乗り、高校に通っていた。

 

事件の現場となったこの旧道は、以前は下の地区との連絡用に使われていた。しかし事件の10年ほど前に生活道路として舗装道ができたため、この頃にはほとんど児童生徒の通学専用となっていた。

旧道の崖下は雑木が生い茂っており、昼でも暗いところだった。

 

ちなみに沼田市の公式サイトを見ると、現在市内を運行しているバスはほとんど関越交通株式会社のもので、東武バスは撤退しているようだ。「分校下」というバス停も今は見当たらない。

 

Yさんの住む地区には4人の高校生がいたが、全員が違う学校に通っていた。そのため、この日Yさんは一人で登校していた。

彼女の姿を最後に目撃したのは、同地区に住む女子高生。午前7時10分頃に通学途中のYさんとあいさつを交わした。※

 

※後述するYさんの現場通過時間からすると、この女子高生とYさんが行きあった時間はYさんが事件現場にさしかかったと思われる時刻の午前7時12分にかなり近いと思うのだが、どういう状況だったのだろうか。

この女子高生については、1974年5月20日の上毛新聞以外では記述が見つけられず、詳細はわからなかった。

 

18日、Yさんが夜になっても家に帰らないため家族は心配し、知人に電話をして行方を探していた。

翌19日、夜が明けるのを待ってYさんの家族は学校に連絡。Yさんが18日は学校にも姿を表していないことを知った。

Yさんの家族は警察に捜査を依頼。そしてその後の午後4時過ぎ、Yさんの通学路をたどって捜索していたYさんの父親が、旧道から斜面をさがった山林の中に、Yさんの手提げバッグを見つける。

さらにその付近を捜索すると、Yさんの遺体があった。

 

2につづく(記事は3まであります。)