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都市伝説:黒い目の子どもたち(black-eyed children/black-eyed kids)

1.1.黒い目の子どもたち(black-eyed childrenまたはblack-eyed kids)とは

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黒い目の子どもたち(black-eyed childrenまたはblack-eyed kids)と呼ばれる都市伝説がある。

白目のない、真っ黒な目をした不気味な子どもたちにまつわるものだ。

black-eyed kidsを略した”BEK”という略称がよく使われているようなので、以降記事内ではBEKと表記する。

 

1.2. BEKの行動

BEKは、前述のとおり真っ黒で白目のない目をした子どもだ。

肌は青白く、年齢は6~16歳で、大きめの子とそれより年下の子という年齢の異なる2人でペアを組んでいることが多い。

BEKの目撃情報は多くあるが、夜に突然家や車にきて中に入れてほしいと要求する、というのがよく報告されるストーリーだ。

中に入れてほしい理由として、「トイレを貸してほしい」とか「電話を貸してほしい」などと言ってくる。

言葉遣いは丁寧だが、断られても同じセリフを繰り返したりとてつもなく恐ろしい雰囲気を漂わせていたりと、尋常ではない様子があるようだ。

遭遇者は、はじめはただの子どもと思って相手をするが、そういった異様な様子、何より目が真っ黒なことに気づき、彼らの要求を断る。

BEKの要求に応えるとどうなるのかは不明である。

 

2.1.インターネット上の動向

BEKは1950年代から語られていたとか、イギリスで30年前にも目撃されているという情報もあり、古くから存在するとされる。

しかしBEKの話が広く知られるようになったのは、近年インターネット上で流行してからだ。

発端は、アメリカの記者ブライアン・ベセルが1998年にオカルト系メーリングリストに書いた記事であるとされる。

 

2.2.ブライアン・ベセルの目撃談

ベセルは1996年の夜、テキサス州のアビリーンでBEKに遭遇したという。

ベセルが映画館の前に車を止めて小切手を書いていたところ、サイドウィンドウをノックする者があった。

見るとフード付きのトレーナーを着た9~12歳くらいの男の子2人組。

窓を開けて話を聞いたところ、映画を見に来たがお金を忘れてしまったので、お金を取りに行きたいから家まで送ってほしいという。

窓を開けたときからなぜか恐怖を覚えていたベセルだが、彼らが真っ黒な目でこちらを見つめているのに気づき、激しい恐慌に陥って謝りながらウィンドウを閉めた。

子どもはウィンドウを叩きながら、「入っていいと言ってもらわないと入れない。中に入れろ!」と言ってきたが、ベセルはそのまま車を出して走り去ったという。

彼の名はBEKとともに有名になり、いろいろなところから問い合わせが来ているそうだ。

アメリカのテレビ番組Monsters and Mysteriesでこの体験を語ったこともあるという。

ベセルは自分が見たものは恐ろしい存在であると考えており、彼らを車に乗せていたら今生きてはいなかっただろうとコメントしている。

 

ベセルの体験談はこちらから読める。

BEKが見ようとしていた映画が「モータル・コンバット」だったとか、小切手はインターネットプロバイダーの料金支払いのためのものだとか、個人的には信じていないのだが妙にリアリティのある細かい記述があるのが面白い。

 

2.3.2013年の大流行

ベセルの体験談がインターネット上に登場してから、オカルト系のサイトにBEKの話が投稿されるようになったが、本格的な流行は2013年に起こった。

その背景にはRedditのような新しいSNSの流行や2012年に作られたホラー映画Sunshine Girl and the Hunt for Black Eyed Kidsの影響もあるが、大きな原因は2013年2月に投稿されたMSNの動画だという。

超常現象を扱うインターネット上の番組Weekly StrangeがHaunting black-eyed kidsという動画をMSNにアップし、これがBEKをインターネット上で広めたとされる。

vimeo.com

映画Sunshine Girl and the Hunt for Black Eyed Kidsのトレーラー映像やその他インターネット上に存在するBEKの画像や情報をまとめた動画のようだ。

 

ちなみに映画Sunshine Girl and the Hunt for Black Eyed Kidsは、YouTubeで公開されている人気ホラー番組Haunted Sunshine Girlのスピンオフ映画で、主人公の少女Sunshineが失踪した人物を追ってBEKの存在を突き止めBEKと対立するというようなあらすじだそうだ。

YouTubeで視聴することができる。

監督のニック・ハーゲンは、キックスターターで資金を集めてこの映画をつくった。

彼は、以前からインターネット上で噂されてきた都市伝説BEKに魅力を感じていたとコメントしている。

 

この流行から5年以上が経とうとしているが、Redditを見るとBEKについての投稿や議論が未だ活発であることが伺える。

 

2.4.イギリスでの目撃談

2013年にはイギリススタッフォードシャー州のキャノックチェイスでもBEKの出現が報告され、タブロイド紙などで報道された。

キャノックチェイスのあるパブはかなり安値で売りに出されているが、黒い目の小さな女の子が出るため売れないという。

また地元の超常現象研究家リー・ブリックリーは、地元の女性のBEK目撃談を自身のウェブサイトに掲載している。

その女性が娘と渓谷を歩いていたところ、子どもの悲鳴が聞こえた。

彼女は悲鳴の元を探したが見つからず、ふと後ろを向くとそこに10歳に満たない年の女の子が立っていた。

その子は手で目を覆っていたが、女性にあなたが叫んでいたのかと聞かれると手を下ろし、真っ黒な目を見せたという。

これは1980年代にブリックリーのおばが遭遇した女の子の事例と似ていると彼は言う。

またキャノックチェイスに出るBEKの特徴は、夜でなく日中に出ることだとも解説している。

 

3.1.BEKとは何か?

BEKの正体については、吸血鬼、地球外生命体、悪魔などいろいろな意見があるそうだ。

ベセルの事例でBEKが「良いと言ってもらわないと自分たちは中に入れない」と言うところは、招かれないとその屋敷に入れない吸血鬼のようである。

サイエンスライターシャロンヒルは、BEKは「友人の友人」の話、典型的な都市伝説であるとの見解を示している。

また彼女は、BEKについての目撃報告は、警察の報告書などの裏付けを持たないとも述べている。

Snopesの記事はBEKのルーツをたどったうえで、BEKは「ビッグフット」と同じような存在だとし、BEKが実在する超常的存在であることを否定している。

どちらもインターネット上の目撃報告を事実として受け入れる理由も根拠もほとんどないとしており、私もその意見に賛成だ。

シャロン・ヒルの記事は私にとってまったく納得できるものである。

BEKの実在を信じる方がこのような意見をどう思われるかはわからないが……。

 

3.2.結論

個人的に、BEKがインターネットで流行した理由には「手軽さ」があるように思う。

 

1)遭遇のパターンが定まっているため、自分が遭遇したという話を作りやすい。

2)結局は「変わった目と雰囲気の子どもに出会った」という話なので、幽霊や悪魔より身近かつ大げさすぎない印象がある。つまり心理的なハードルが低い。

3)SNSに投稿して適度に注目を集められる話題である。

 

上記3点は意図的にBEKとの遭遇をでっちあげる人間の心理を素人なりに推測したものだが、2はBEKに出会ったと信じている人の気持ちにつながるところもあると思う。

BEKの特徴は「変わった目と雰囲気の子ども」というだけなので、錯覚や勘違いによる思い込みが起きやすいのではないだろうか。

暗いところで変な子どもに出会ったというだけの体験が、BEKの存在という知識を通して、超常的存在に出会った体験に変化してしまう。

そしてこの身近さは、いたずらや悪ふざけを好むものにとっても好都合だろう。

SNS隆盛の現代にはぴったりの存在だと思う。流行のピークはすぎたようだが、しばらくは根強く語られ続けそうだ。

 

参考

宇佐和通 『最新都市伝説の正体』 祥伝社 2014

並木伸一郎 『眠れないほど面白い都市伝説 驚愕篇』 三笠書房 2015

 

Black-eyed children Wikipedia

Here’s the actual story behind the ‘black-eyed ghost children Daily Edge

 

Bethel, Brian Brian Bethel recounts his possible paranormal encounter with 'BEKs' Abilene Reporter-News

Brickley, Lee Return Of The Black Eyed Children Paranormal Cannock Chase

Clench, Sam Black eyed children: Real, or just a creepy myth? news.com.au

Hill, Sharon Behind black eyes: Reports of spooky black-eyed kids JREF

Lockley, Mike Black Eyed Child returns to haunt Cannock Chase Birmingham Mail

Mikkelson, David Black-Eyed Children Snopes

Prof. Geller Black-eyed Children Mythology.net

 

お知らせ&本の食べ物「ボンボン」

お知らせ:

沼田女子高校生殺人事件の記事の公開を終了しました。

ご覧くださった方々ありがとうございました。

 

 

私の趣味の一つで、本に出てくる食べ物を実際に食べるというのがあります。

本にまとめようかと思ったのですが、写真はウェブのほうが見やすいと思ったので、ブログに載せようと思います。

 

去年久しぶりにアレクサンドル・デュマ・フィスの『椿姫』を読みました。

ストーリーはもちろん楽しんだのですが、干しぶどうのボンボンが出てくるところで無性にボンボンが食べたくなり、おとりよせしました。

六花亭のボンボン「六花のつゆ」です。

 

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花柄の缶を開けると、ワイン、ブランデー、うめ酒、ペパーミント、コアントローハスカップの6種類が並んでいます。

個人的ないちおしは梅酒です。

 

外国製のボンボンも買ってみました。イタリアのジェノヴァにある砂糖菓子・チョコレート菓子の老舗ピエトロ・ロマネンゴの「シュガーボンボン」です。

「カラー」といういろいろな色のものが入っているものと、ピンクの「ローズ」、白の「ミント」が売られていて、ローズもミントも大好きなので悩みましたが、いろいろな味が食べられる「カラー」を買いました。

 

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予想していたような外国菓子特有のクセはなく、おいしい砂糖菓子でした。

6色入っていて、青がアニス酒、ピンクがローズ、オレンジがオレンジキュラソーだと思うのですが、黄色・白・緑はよくわからず……

黄色はチェリーかな?と思いますが、味覚が雑なので自信はありません。

 

私はボンボンといえばウィスキーボンボンしか知らなかったのですが、『椿姫』のヒロイン・マルグリットが好きなのは干しぶどうのボンボン。

調べるとボンボンというのは広く一口菓子を指す名称で、フルーツやナッツなどいろいろな中身のボンボンがあるということがわかりました。

干しぶどうのボンボンはドラジェに近い感じのお菓子なのでしょうか。

日本で食べられるものだとレーズンチョコが近い……?

いつか食べてみたいです。

 

関係ないのですが、西長良成訳『椿姫』で主人公アルマンがマルグリットに買ってあげるボンボンの量が「五百グラム」なのがちょっと驚きです。多くない?

不気味な雰囲気が良い動画

しばらく更新できるか不明なのですが、あまり間があくとなんとなく気になるので、雰囲気がすきな動画をいくつかまとめまてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

Persephone Numbers Stationを初めて見たのは結構昔なのですが、今調べるとオンラインゲームの一環としてアップされたものだという解説が出てきてなるほどなと思いました。

ワイオミング事件の動画は、明らかに作りだろうなという感じがするけれど好きです。たまにBGMが聞きたくなっちゃう。オカルト・クロニクル様の記事によると、『サイレント・ヒル』の曲を加工したものみたいですね。『サイレント・ヒル』もめっちゃ好きでした。

okakuro.org

載せていないですが、有名な動画Blank Room Soupも結構好きです。考察している方の記事があったのでリンクします。

sumaapu0.hateblo.jp

【終了しました】11/25文学フリマ東京に出店します

11/25に行われた第二十七回文学フリマ東京に出店しました。

ブースに来てくださった方、本をご購入くださった方、ありがとうございました。

文学フリマには初めて参加しましたが、雰囲気もとても良く、面白い本がたくさんあり楽しかったです。

 

グラン・ギニョル座と狂気

1897年、パリのピガール地区にある劇場ができた。

猟奇的な恐怖演劇の上演で知られるグラン・ギニョル座Le Théâtre du Grand-Guignolである。

 

 

・グラン・ギニョル座の歴史

グラン・ギニョル座は1897年、オスカール・メテニエによって設立された。

席数は280席(資料によって異なる)の、小さな劇場だったようだ。

グラン・ギニョル座となった建物は、元は教会として作られたものを改修したもので、それまで画家のアトリエや小劇団の舞台として使われていた。

 

ギニョルというのは、リヨンの指人形劇で使われていた人形のことだ。ギニョル劇はイギリスの「パンチとジュディ」のような劇で、子どもに人気があったという。

グラン・ギニョルをそのまま訳すと「大きな人形」という意味になる。

平岡敦氏は、グラン・ギニョルとは「大人のギニョル芝居」という程度の意味だろうと書いている(『ロルドの恐怖劇場』平岡敦編訳 筑摩書房 2016)。

 

劇場を作ったのはメテニエだが、グラン・ギニョル座が最盛期を迎えたのは、2代目支配人マックス・モレーと第3代支配人カミーユ・ショワジーの時代であった。

自身も劇作家だったモレーは、メテニエも行っていた恐怖演劇にさらに力を入れ、観客の気分が悪くなるようなリアルで残虐な恐怖演劇を行い、グラン・ギニョル座を成功させた。

 

そしてモレーのもとで、「恐怖のプリンス」と異名をとった劇作家アンドレ・ド・ロルドが活躍を始める。

ロルドはフランス国立図書館で司書の仕事をしながら多くの作品をものにし、「グドロン博士とプリュム教授の療法」「電話口にて」など、生涯に150編以上の恐怖演劇を書いたという。

ロルドの戯曲は、「幻覚の実験室」を『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』(真野倫平編・訳 水声社 2010)で、「幻覚実験室」「最後の拷問」の2編を『怪奇文学大山脈Ⅲ』(荒俣宏編纂 東京創元社 2014)で読むことができる。

(「幻覚実験室」と「幻覚の実験室」は同じ作品。)

『怪奇文学大山脈Ⅲ』に収録されているロルドの「わたしは告発……されている」は自作への批判に対する弁明の文章で、彼の劇作におけるスタンスがわかって面白い。

彼は短編小説も書いており、『ロルドの恐怖劇場』(平岡敦編訳 筑摩書房 2016)で22編が翻訳されている。

グラン・ギニョルの恐怖芝居の多くがそうであったように、ロルドの小説には超常的な存在はほとんど出てこない。

狂気や死、肉体の欠損などの恐怖が主に扱われており、だいたい悲劇で終わる。

そんな『ロルドの恐怖劇場』は、面白いが体調の悪いときに読むと気が滅入りそうな一冊になっている。

 

ロルドのほか、有名なところでは怪奇小説作家モーリス・ルヴェルもグラン・ギニョル座の恐怖演劇の脚本を書いていた。

また『オペラ座の怪人』で知られるガストン・ルルーは「悪魔に会った男」という戯曲を提供している。

ルヴェル「闇の中の接吻」、ルルー「悪魔に会った男」も『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』に収録されている。

(「悪魔に会った男」は「悪魔を見た男」として『怪奇文学大山脈Ⅲ』にも訳出されている。)

 

モレー、ロルドのほか俳優のポール・ラティノーは演出方面で活躍し、凶器や血糊、生首などを使って観客を恐怖に陥れた。

こういった体制で作られた恐怖劇は観客に大きな衝撃を与え、「一九〇四年には「グラン・ギニョールを観るには、入場前に医者の診察が必要」と噂されるほどになった」という(『ホラー小説講義』p.65)。

 

第3代支配人カミーユ・ショワジーの時代には、グラン・ギニョル座で最も有名な女優ポーラ・マクサが舞台に立ち、「世界でいちばん殺された女」と呼ばれた。

彼女の当たり役「安宿の一夜」(シャルル・メレ)は『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』で読める。

彼女はグラン・ギニョル座で、少なくとも60通りの方法で一万回以上殺され、3000回以上強姦されたという。

またショワジーは劇団を海外に遠征させ、グラン・ギニョル劇の影響を世界に広める。

ショワジーが支配人だった第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の時代に、グラン・ギニョル座の人気は絶頂を迎えた。

 

第4代支配人ジャック・ジュヴァンの時代以降、グラン・ギニョル座の人気は陰りを見せ、映画の台頭や第2次世界大戦の戦禍により衰退、1962年にその歴史を閉じた。

現在でもグラン・ギニョル座の建物は残っているが、当時の面影はない。

今はInternational Visual Theatreという施設になっているようだ。

またグラン・ギニョル座はgrand-guignolesqueという言葉を残した。「恐ろしく猟奇的な」「スリラー劇風の」という意味だ。

 

 

・見世物としての狂気

個人的に興味深いと感じるのは、グラン・ギニョル座で上演された恐怖劇に精神病院や狂気を扱ったものが多くあるところだ。

このことはグラン・ギニョルについての資料でもよく言及されている。

 グラン=ギニョル劇で圧倒的なのは、医学的恐怖、とりわけ精神医学的な恐怖である。(中略)グラン=ギニョル劇における狂気は、ギリシア悲劇オレステスの狂気とも、シェークスピアリア王やオフェーリアの狂気とも、十九世紀のルチアやグレートヒェンの狂気とも異なる。それは、神話的・宗教的な意味を剥奪され、英雄的・劇的な性格を失った、病理学的な狂気である。それはわれわれの誰もが陥る可能性のある、崇高さや悲劇性を失った、それゆえに耐えがたくおぞましい狂気なのである。

――『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』p.250-251

 

上に引用した真野倫平氏の文章に、グラン・ギニョル劇における狂気のすべてが要約されていると思う。

私が面白いと感じるのは、我々人間が自分にも訪れるかもしれない狂気を恐れながら、同時にこらえがたい興味をいだいていることだ。

精神医療で知られるフランスのサルペトリエール病院では、精神病者の舞踏会が行われるときには多くの男女が見物にでかけていたという。

イギリスの精神病院ベドラム(ベスレム病院)は訪問者に開放されており、一種のショーのように見物に来る人が多くいた。

日本でも、過去には東京府巣鴨病院が一般見学者を受け入れており、天皇を自称していた葦原金次郎が人気を博していた。お金を払えば、彼の詔勅をもらったり記念写真を撮ったりできたというから驚きだ。

現代ではこのようなことはないが、たとえばホラー映画をとってみても『セッション9』『グレイヴ・エンカウンターズ』など精神病院を舞台にした作品は多い。

これらの事実は、人間の狂気に対する興味の証左ではないだろうか。 

こうした狂気の引力が、精神医学の発展を背景に書かれたグラン・ギニョル劇には顕著に現れている。

私のような人間にとって、それは自分の中に潜む狂気に触れさせてくれる存在であり、100年前に書かれたものであっても今なお力を失っていない。

 

  参考

『演劇百科大事典 2』 平凡社 1983

『怪奇文学大山脈 Ⅲ』 荒俣宏編纂 東京創元社 2014

『狂気』 ロイ・ポーター 田中裕介他訳 岩波書店 2006

『近代科学と芸術創造』 真野倫平編 行路社 2015

『グラン=ギニョル 恐怖の劇場』 フランソワ・リヴィエール、ガブリエル・ヴィトコップ 梁木靖弘訳 未来社 1989

『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』 真野倫平編・訳 水声社 2010

巻末の解説に、真野氏が開設したグラン・ギニョルについてのウェブサイト「極東グラン=ギニョル研究所」の案内があるのだが、この本を初めて読んだ2015年の時点でサイトは閲覧できなくなっていた。大変残念である。

小学館ロベール仏和大辞典』 小学館ロベール仏和大辞典編集委員会編集 小学館 1988

『女性と狂気 19世紀フランスの逸脱者たち』 ヤニス・クーパー著 和田ゆりえ・谷川多佳子訳 平凡社 1993

『脳病院をめぐる人びと 帝都・東京の精神病理を探索する』 近藤祐 彩流社 2013

『ホラー小説講義』 荒俣宏 角川書店 1999

『ロルドの恐怖劇場』 アンドレ・ド・ロルド 平岡敦編訳 筑摩書房 2016 

ベドラム – Wikipedia

Grand Guignol – Wikipedia